blogとか構築主義とか

そのあとで東さんが言われているblogよりはてなダイアリが・・というときにblogがさしている意味というのは、一般に誤解・矮小化されている狭義の(・・というと少し大げさというか、なんというか。というか、この狭義というのは、Joiさんたちが言いだしはじめた、blogイコールMovableTypeというインプリケーションを含んでしまっている。べつに狭義だから間違っているとか正しい、とかそういう論争がしたいわけではないです念のため。)意味で使われているようですね。(それについては、ここで以前もhttp://d.hatena.ne.jp/symbolicmanager/20030504 書いてるわ。進歩なし。)

っていうか世間的にはもうこういう定義をめぐる議論は「おなかいっぱい」なのだろうけれど(おなかいっぱい、という表明行為自体も陳腐化してるフシもある)、・・・まあ、自分としては、いちおうマイ研究対象のひとつにしちゃっているのでメモを少し続ける。ひさしぶりだし。たまってるし。

で、最近カジった「構築主義(社会構成主義)」の視点から情報社会論(的な言説)を看ていく、というのはそれなりにやらなくちゃいけないんだろうなあということについてのメモ。

関連:上野千鶴子 編 「構築主義とは何か」http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4326652454/ref%3Dbr%5Flf%5Fb%5F8/249-2703640-8741949

黒木玄「社会的構成主義って何なの?」
http://www.math.tohoku.ac.jp/~kuroki/Constructivism/index-j.html

論のスタイルとして、「blogなるものは『実在』しない、というか言説行為によってそれは構成されているものなのだー。んじゃーそれを逐一みていきますかね」みたいな感じでいくかどうか迷い中。ていうか、そういうものの例として、言説を逐一追っていく・・という感じではないにせよ、マイフェイバリット・ソシオロジスト佐藤俊樹さんの「ノイマンの夢・近代の欲望―情報化社会を解体するhttp://www.amazon.co.jp/exec/obidos/tg/detail/-/books/406258087X/reviews/ref%3Dcm%5Frev%5Fmore%5F2/249-2703640-8741949」とか、あと以前小桧山研のケータイ研で読んだ松田美佐さんら編著の「ケータイ学入門http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4641280703/qid=1061882076/sr=1-2/ref=sr_1_2_2/249-2703640-8741949」とかちらほら。でもかならずといっていいほど、こういう情報もので社会構築主義的にやるのって、評判が悪いという印象アリ。(ちなみに佐藤俊樹さんの本はググると一発目が辛らつ評 http://www2.osk.3web.ne.jp/~shishamo/misc/johosha.html。まあ、この評ももっともだ、とは思うけれど。)

sawadaspecialでも紹介されていたhttp://sawadaspecial.com/mt/archives/000282.html渋谷知美さんの「日本の童貞http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4166603167/ref=ase_sawadaspecial-22/249-2703640-8741949」のような性的メディアの変遷とかだったらまさに構築主義的にやるのがバッチグーなのだろうけど。というかやっぱりフーコーだぜ、みたいな。

(あと一応これもメモ。渋井哲也 著の、「出会い系サイトと若者たちhttp://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4896917510/qid=1061882725/sr=1-1/ref=sr_1_0_1/249-2703640-8741949」でも紹介されているけども、最近の出会いサイト規制法案にも見られるように、「若者への性的情報は有害である」といった醜悪にも見える実在主義・単純因果思考的な政策決定論議が、日本の性的・わいせつ空間にはいまだにはびこっているわけだし。関連:http://ellington.gel.sfc.keio.ac.jp/nsly/mt/ns/000646.html

さて、とっちらかってきた。

blogなるものを社会構築主義的に分析するとかじゃなくて、そういう作法・コミュニケーション観が、アカデミックな方法論議論の場面以外でも見られる(たとえばネットコミュニケーションで)、というような感じでも、アリかも。微妙だけど。というのも、広義のblogというかweb上での言説(=たとえば「文中リンクを多様する文体」にせよ、最近のWiki関連リンク集 (yomoyomoさんの文章 『Wiki Way』ショートエッセイ(8) 反応リンク集というシンプルハックの一例http://www1.neweb.ne.jp/wa/yamdas/wikiway/wwse8.html)にしても)というのは、そういう「逐一追っていく」ことがリンクによってやりやすくなってはいる、または逐一追っているように見えやすい?ような感じがしているから。そうでもないかな。

すくなくとも、e-mail = 電子メール,bbs = 掲示板 という舶来単語と日本語の対応はすでに落ち着いているんだけれども、blog = 個人(日記)サイト、テキストサイト・・(あと、cliqueとかmoblogとかflashmobsとか、いろいろ「怪しい」のはあるけど) あたりの決着はまだいまいちついてないので、変遷を追っていくつもりではおります。